「将棋の普及」とは?

①将棋の段位

  様々な世界に段位がありますが、将棋において段位は単純に強いか弱いかを表すものではなく将棋への愛情とか将棋界への貢献度を示すものと言われています。将棋は勝負事ではありますが、勝ちか負けか、強い弱い以外の視点を持って注目してもらいたいと思います。

②勝ち負け以外の楽しみとは?

  将棋の面白さは「勝ち負け」がはっきりする所なのですが、幼少期の子供達は駒を取るとか、取られたりだけで楽しく遊んでいます。しかし、様々

な勝負事とか遊びの中で負けた悔しさは将棋が一番厳しいと思われます。囲碁は勝負の決着がマイルドな面があって「3目半の負けか?頑張ったけどしかたがない」などと自らの健闘を称える方法もありますが、将棋は「王様を討ち取られたけど惜しかった」と平常心で残念がることもできません。

 将棋を覚えた子供達がしばらくするとやめていく原因の一つがこの厳しさといえます。ある程度上達して将棋の面白さを知った上で「塾が忙しい」とか「部活が忙しい」というのでならまだしも、本人が本来の将棋の面白さを知る前に負けた悔しさで遠ざかってしまうのは一番残念なところです。

そんなことである程度の上達が必要ですし、教える側としても勝ち負け以外の面白さを子供達に教えなくては!と常々思っています。

③駒の動かし方から学ぶ親子将棋教室

  「駒の動かし方から学ぶ親子将棋教室」というのが当初の方針でした。しかしながら、あまりうまくいきませんでした。未経験の親のほとんどは付き添いです。子供達が真剣になってもその相手になってやろうという姿勢が大方の親にはありません。さらに子供達はルールを覚えてもその後の中級コースに進もうという「歩留まり」が極めて少ない。核家族化が進んでしまった現在、ルールを知ったとしても家庭内で将棋を指す機会が極めて少ないことが大きなブレーキになっています。

 そんなわけで超初級コースは残念なことに「ルールの説明」をしておしまいでした。そこで気がついたことは将棋の初期指導は「ルールを理解させること」ではなく「将棋の面白さを体感させることではないか?」でした。

④「将棋の普及」には分野がある

 将棋の普及を始めた頃、将棋関係者の話を聞いて回りました。将棋研究家として名高い越智信義さんから言われたのが衝撃的でした。「将棋の普及」というのは将棋を指す子供達を強くすることではなく、将棋を知らない子供達を将棋好きにすること。と言われました。ところが、実際には将棋を教えている人は「将棋の駒の動かし方は覚えてから来てほしい」という感覚でした。長い間「将棋の普及」は将棋の面白さを伝えるのではなく、すでに将棋好きになった子供達がさらに強くなることが重視されてきました。

 さて 駒の動かし方から教えるという方針でスタートしたのですが、駒の動かし方を一から教えるのは教える側の労力は並大抵ではありません。このことは多くの仲間達が感じています。さらに前述の通り、「歩留まり」が悪い。この状況では教える側が徒労感に見舞われ、気力が続きません。

 そのような体験を経て今は「将棋の普及」には分野があること。つまり、

何も知らない子供達に将棋が指せる様に教えることとすでに将棋好きの子供達をさらに強くすることはそれぞれ別分野であると認識しています。

⑤「将棋」の効用

 「将棋」はその面白さ頼りにて伝搬してきた歴史があります。子供達が将棋好きになれるかどうかは自然任せでした。日本の伝統文化の多くが後継者不足となって沈みゆく状況を思うにその道に携わる人たちは血の滲む努力をされている。一方、将棋はその比較的にわかりやすい遊びであるがゆえに将棋の面白さ頼りにて伝えつながれています。日本文化としての位置付けで考えますと将棋に携わる人々が「将棋の普及」に真摯に努力するべきではないかと思います。

 そこで「将棋」が持つ、3つの面を強調したい。❶幼少期の能力開発に役立つこと精神教育に役立つこと。そしてその結果、❸子供達の居場所があるということです。将棋は頭脳スポーツといわれるのですが、精神面での能力開発に役立つことも重大な視点と考えます。

⑥「頭の中で局面を動かす能力」を開発する

  将棋のプロは囲碁も強い。頭の中で局面を動かすのは同じ思考過程です。チェスと将棋は似ていても将棋と囲碁は似ていません。それでも将棋が強くなる人は囲碁も強くなる傾向があります。

  これは先を読む能力です。我々が社会生活の上でも日常生活でも求められる能力です。子供達がせっかく将棋に触れても早い時期に離れていくのは「頭の中で駒を動かす」という能力開発が不十分であったことに大きな要因があります。頭の中で駒を動かすのは慣れないと容易なことではありません。駒の動かし方を覚えることよりもまずは「頭の中で駒を動かす能力開発」が大切であると思います。子供達は頭が柔らかいですし、記憶する力量もあります。それでも「覚える」というエネルギーを「局面を頭の中で動かす」ことに注力した方がずっといい。将棋の駒の動きも細かいルールも遊んで指している内に自然に覚えてしまうものです。

 超初級コースでは頭の中で駒を動かすことができるようにという視点で「どうぶつ将棋」を最初に教えるとか、「駒遊び」の要素を取り入れて指導しています。将棋の面白さは自分で感じるものであって言葉で伝えられるものではありません。今までの教え方はテクニカルなことを「ここではこう指せ」「この局面ではこうしろ」という手法が一般的でした。子供達が自分で将棋の面白さに気が付くにはまず頭の中で局面を動かす能力開発がスタートであると考えています。

⑦精神教育に役立つ

  人間社会には勝ち負けがあります。ある時期、子供達の「かけっこ」で順位を付けずに競争させるという訳の分からない教育が話題になりました。人間社会において勝ち負けを避けて通るわけにはいきません。負けという事態にどのように心の中を整理するか、負けた時の反省をいかにして次につなげるか、勝ち負けから学ぶことがたくさんあります。

 将棋は負けたら終わりではありません。将棋の勝ち負けの判定には行司も審判もいないのが特徴です。「投了」とは自らの負けを相手に告げることです。幼少期の子供達にはつらい面もあります。涙をこらえて「負けました」という我が子の姿に保護者の皆様は心を痛めます。

  「投了」とは諦めて投げ出してしまうのではなく「この次は負けないぞ」と次の対局に向けて努力することを自らに誓う「決意」の姿勢です。また勝った側は決して有頂天となって喜ぶとか、ガッツポーズをすることなく静かに相手の健闘を称え、お互いを高めるための「感想戦」を行います。

 このように将棋を習うことには精神的に強くなる要素がタップリと含まれています。将棋は単なるゲームと思われたり、勝負事として賭け事と同様に扱われたりしますが、運の要素が全くないという意味でも正々堂々と生きる姿勢を学ぶ「棋道」であると言えます。

⑧勝ち負けよりも大切なこと

  勝ち負け、強い弱い、指導する側も保護者の皆様もどうしてもこのような結果に目が行ってしまいます。『勝ち負けよりも上達することが大切』と口では言うのですが、子供達にその本質を伝えることは難しい。「自分に勝つ」とか「ライバルは自分自身」という言葉とほぼ同義語です。

 教える側は対局態度が悪くて周囲の子供達に煙たがられるような子供を作らないように対局マナーを口酸っぱく指導しなければなりません。駒の取り扱いが粗雑な子供とか、勝った時の態度や仕草に問題があれば放置せずにその心根にまで厳しく言及して叱るべきと考えています。

⑨子供達の居場所とは?

  昨今の子供達を巡る状況は不登校とか、イジメとか。常に発生した後の対応が話題になりますが、こういう事態を招かない土壌作りも社会全体として大切ではないでしょうか?その一つとして将棋教室が活性化されるのも一案と思います。もちろん子供達の居場所作りには「将棋だけがいい」という話ではありません。子供達が何かに夢中になり「自分が能力を発揮できる場所だ!」と感じた時、大きな生きる力になると確信しています。

 コミュニケーションが苦手だったお子さんがどうぶつ将棋の対戦相手との言葉のやり取りをきっかけに立ち直ったという実例もあります。デジタル優先社会だからこそアナログで子供達をじっくりと育てる場を確保したいと思います。

⑩自分の頭で考える習慣付け

 入門時は考えずに指すという子供達がほとんどです。考えるようになるのは負けて悔しい思いをしてからという説が一般的です。また強くなる子供達は才能に溢れ、瞬時にいい手が浮かぶ子、つまり、考えないでもいい手を指す子供が強くなるとも言われています。しかし、考えずに指す子供達の多くが上達せずに同学年の子供達から遅れを取り、勝てなくなってやめてしまう例が多いことも事実です。

 「たくさん対局すれば強くなる」というのは正しいと思うのですが、どのような意識で盤に向かうかの方が重要です。将棋教室の方針として強い子供をさらに強くする将棋教室なのか、全体を引き上げようとする将棋教室なのか、一概にどちらがいいという話ではありません。いずれにしても考えて指す習慣付けを指導することは大変重要かと思います。

 今の教育現場は教え方も受験問題も「記憶」よりも「考える力」に重点が置かれているようです。それでも将棋教室の子供達とのやりとりでは自分自身で考えるよりも「教えてもらう」という受け身の姿勢のお子さんもおられます。「自分の頭で考えろ!」と突き放す場面も多々あります。

 また指導する側の心構えとしては子供達の考える喜びとか自分で考える姿勢の芽を摘まないようにくれぐれも「教え過ぎ」にならないように気を付けたいものです。

≪まとめ≫「将棋の普及」の本質とは?

「将棋の普及」は単に将棋人口が増えることを目的とするのではなく、

社会に貢献するという視点が大いに大切だと考えています。その意味で子供達が将棋に親しみながら、能力開発とか精神教育に役立つような活動の場を増やしていきたいと思います。

 昨今は藤井聡太さんの大活躍でマスコミに取り上げられる機会も多く、

「観る将」など将棋を知らない人達にも脚光を浴びています。この現象は

しばらく続くでしょう。しかし、将棋の本質的な面白さとともに社会における

日本文化としての役割を多くの人々に正しく理解して頂くことが長い目で見た本当の「将棋の普及」であると考えます。              以上